『Digital Wabi-Sabi ─As Easy As EWI』 曲目解説


音楽は聴いて感じるかどうかがすべてですから、本来解説は不要でしょう。以下、その意味では「余計なこと」をいっぱい書いています。

1. My Endless Dream

デビュー作『プラネタリウムの空』1989年  ……私の小説デビュー作は「小説すばる新人賞」を受賞した『マリアの父親』だと思われていますが、実はその前にマガジンハウスから出した『プラネタリウムの空』がデビュー作です。この小説には8cmの音楽CDがついていました。「音楽と小説が融合した世界初のCDノベル」という触れ込みでした。そのCDの中に入れた曲です。
 大学生の頃だったか、ナベサダさんのFM番組「マイ・ディア・ライフ」に、ベーシストの鈴木良雄(Chin)さんがゲストで招かれ、Chinさんのオリジナル曲『Sleep My Love』というのを演奏したことがあったのですが、それがかっこよくて、私がジャズに興味を抱くきっかけになりました。
 当時、大野雄二さんがやっていたAKAIのCM音楽にも夢中になっていて、CM音楽を録音するためだけにAKAIが提供するFM番組を聴いていました。そのときからずっと「いつかあんな曲を作りたい」と思い続けていて、それをMIDIで無理矢理やってみたのがこの曲でした。

 ちなみに、私が鬱病で苦しんでいるとき、立ち直りのきっかけを与えてくださったのが作家の永井明さん(代表作『ぼくが医者をやめた理由(わけ)』)でした。
 永井さんと朝日新聞社の編集者・穴吹史士さん、落語家・柳家小りん師匠の3人の「快気祝いパーティ」という触れ込みでした。鬱に苦しみ、無収入だった私が会費1万円を捻出してまでそのパーティに出向いていったのは、ゲストが大野雄二トリオ(ベースは鈴木良雄さん)だったからです。
 大野さんとChinさんを生で聴ける。なんとか回復のきっかけを掴めるかもしれない……と、相当無理をして出かけたわけですね。
 そのときのことは⇒ここ や ⇒ここに書きました。

 そのとき、大野雄二さんと鈴木良雄さんに勇気を出して話しかけたのですが、驚いたのは、大野さんが『丸井からありがとう』(ビクターでレコードデビューする前に所属事務所がうけた仕事で、丸井の創業20周年だかなんだかの記念曲を歌った。その作曲者が大野雄二さん)を作曲したことを忘れていたのはまだしも、鈴木良雄さんが自分のオリジナル曲、しかもナベサダと一緒に演奏した『Sleep My Love』のことをすっかり忘れていたことでした。
「こういうテーマです」と、テーマをハミングしてみせたのですが、それでも全然思い出せないようでした。
「いっぱいやっているからいちいち覚えてない」と言うのですね。
 プロというのはこういう人たちなのか、と驚きました。

 まあ、昔作った曲を忘れることって、ありますけどね。私も、古いテープを聴き返しているときに「なんじゃこりゃ?」と思うような歌を見つけることがあります。自分で作って自分で歌っているテープなのに。


 で、話を戻すと、『Sleep My Love』や大野さんのアカイのCM音楽は、私にとっては永遠の憧れというか、自分にとっての愛しいジャズとはこういうもの、という原体験になっています。
 かっこいい音楽──でも、ちゃんとメロディのある音楽をやってみたいなあ、と思って書いたのがこの曲ですが、MIDIの打ち込みなんかで残しても夢は果たせません。
 誰か、演奏してくれ!
 今もそう願い続けています。私の見果てぬ夢、終わりのない夢……。

 このバージョンはポール・デスモンドに捧げます。ソロのワンフレーズ、彼の演奏からいただきました。デスモンドやジム・ホールをよく聴いている人にはすぐに分かるはず。
 テーマもソロもEWI USBに付属しているAriaのViolin(TH)音源で吹いてます。この曲だけ生ギターを弾いていないので、100%デジタル音源で作っています。
 

2. REM -A Faded Memory-

黄金バット ライブ盤  ……大学生のとき、東由多加率いる東京キッドブラザースのミュージカル『黄金バット』に曲を提供するというチャンスがありました。作詞は東由多加と小椋佳(ペンネームは葉月多夢)。渡された詞は8曲くらいありましたが、採用されたのは2曲だけでした。
 このメロディは、『いつの間にか少女は』という小椋佳さんの詞に僕がつけたものです。没になった(他の人の作曲が採用になった)ため、メロディだけが残りました。
 KAMUNAのアルバムにもギターバージョンで入れましたが、このメロディはホルンなどでやったらいいんじゃないかとずっと思っていました。ここではAriaのTuba音源を使っています。

3. Escape from Spring

 ……40代、鬱病になっていたとき、越後の別荘(その後、中越地震で倒壊、喪失)に一人でこもって書いた曲で、KAMUNAのアルバムにも入っています。最初のテーマはEWI5000の内蔵音源7番(Alto Sax)。途中からのソロはEWI4000Sの内蔵音源16番とAriaのViolin音源。
 

4. Another Christmas

 ……30代のときに書いた曲。ピアノ伴奏とヴァイオリン2台のために書いたのですが、当時のMIDI環境ではヴァイオリンの打ち込みなどは本当にチープで聴くに堪えないものでした。その後、KAMUNAでやった生ギター2台の絡み合いはなかなかのものだったと思いますが、今回、EWI+Violin音源でやってみて、ようやく本来のイメージに近づいた感じです。鈴木メソードでヴァイオリンを習っていたのは4歳からほんの2年足らずでしたが、その頃の記憶がちょっと甦ったりします。自分のドレミファ音感はあの頃に形成されたのだなあ、とよく分かります。
 

5. Autumn Leaves (dancing)

 ……言わずとしれたCosma作曲のスタンダード。ジャズのセッションで気軽に参加できる数少ない曲なので、知らない人とセッションするときには「カレハでいいですか?」と言うのですが、あるとき、ピアノがいなくて、ドラムとベースだけをバックに演奏することになり、「いっそ8ビートでギンギンに」と、即興でイントロを吹いたフレーズがそのまま耳に残っていてこうなりました。入れるかどうかずいぶん迷いましたが、入れることにしました。EWI4000Sの16番とAriaのViolin音源で吹いてます。
 

6. Gray's Keyboards

 ……この曲はチェロでやりたいのですが、チャンスがなくてずっと悶々としていました。AriaのViolin音源で、ようやくそれに近い形でできたかな。でも、やっぱり本物のチェロでやってほしい。死ぬまでに実現できるかしら……。
 

7. Stephen

 ……ジャズヴァイオリニストのステファン・グラッペリに捧げる……ということになっていますが、作風は全然違います。グラッペリの音楽というよりは、死ぬまで一流の演奏家でありつづけた彼の生き様に憧れて作った曲です。難しい曲なんですが、私も死ぬまでこの難しい曲をステージでなんとか演奏できる程度に練習し続けないと……と。
 使っているのはAriaのViolin音源とEWI5000の1番。
 今回気づいたのですが、ステファン・グラッペリの「ステファン」の綴りはStephenじゃなかったんですね。まあ、いいや。
 

8. Christmas in Abukuma

 ……2007年の年末に阿武隈で作った曲。毎年クリスマスに1曲ずつ作ろうと思ったのですが、結局この年だけで後が続いてません。2011年に原発が爆発し、この曲を作り、録音した「タヌパック阿武隈」は廃屋となりつつあります。どうしてもあの場所を思い浮かべますから、私には阿武隈への鎮魂歌のようにきこえます。
 これもAriaのViolin音源。

 すべての曲において、アナログ楽器はギターとジャンベだけで、他はすべてデジタル音源で構成されています。
吉原センセやあっちゃんの力を借りればもっと充実した演奏になるはずですが、今回はデジタル・ワビサビ道の実践サンプルということで、敢えて一人で全部やってみました。

2014年8月 たくき よしみつ

『Digital Wabi-Sabi  ─As Easy As EWI』 『Digital Wabi-Sabi ─As Easy As EWI』

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